小説家として知られております一葉が小説の道へ入るまでの間には、14歳で中島歌子の歌塾「萩の舎」に入門し、和歌や千蔭流の書、そして古典文学を学び身につけたという時期があります。「萩の舎」での一葉は、程なく和歌の競点で最高位を獲得し、後には師である歌子の助教として弟子に講義をするほどの非凡な才能を見せたようです。次第にたしなんできた和歌に飽き足らなくなり、表現手段を小説に見つけていったわけですが、和歌創作の意欲は失うことなく、生涯で幾多の詠草を残しております。
このように和歌にも親しみ続けた一葉ですが、その後小説家として認められたこともあり、才能を開花させる礎となった和歌のみを編纂した書物は現在に至るまであまり世に出されておりませんでした。
「眞筆 樋口一葉家集」の出版に際しましては、和歌と共に書もご鑑賞いただけるように、詠草および短冊を、あるがままの状態で集成いたしております。完成された和歌、悩み抜いている詠み人の姿、評定者としての技量、そして萩の舎に集う人々の姿など、この「眞筆 樋口一葉家集」を通してさまざまな風景を感じていただけることを期待してやみません。
樋口一葉の略歴
本名:樋口奈津(なつ子、なつ、夏子、夏とも称する)
明治5年(1872年)に父・則義、母・たきの次女として現在の千代田区に生まれた。14歳で歌塾「萩の舎」へ弟子入りをし、中島歌子より和歌・書道を学んだ。小説家を目指し、半井桃水に手ほどきを受けた。明治29年(1896年)に肺結核を患い、24歳という若い生涯を閉じた。
代表作「たけくらべ」「大つごもり」「にごりえ」「十三夜」などの他、4,000首近い和歌、15歳からの日記などは近代文学に大きな影響を与えた。